ALTER EGO Self-discovery Game Book
by Maki ONO

衝動のあるところに、自我をあらしめよ。
〜ジークムント・フロイト〜


長い、夢を見ていたようだ。
あなたは、鉛のように重くなった身体をどうにか起こした。
辺りを見回しても、なにもない。
なにもない、と表現するしかない暗闇ばかりが広がっていた。
まだ悪い夢が続いているのかもしれないと、しばらく息を潜めて目が覚めるのを待っていたが、なにひとつ変化はなかった。
耳を澄ましても、なにも聞こえない。
身体の感覚でさえ不確かで、自分が男なのか女なのかさえ曖昧だった。
そこで、あなたは気づいた。
あなたには、記憶がない。
夢なのか現実なのか、今みたいに思考する言葉は覚えている。
だが、自分の名前はなんなのか、自分がどこの誰なのか、あるいは他にどんな人間と知り合っていたのかは、霧がかかったように思い出せない。もちろん、どうして自分がこんな場所にいるのかも思い出せなかった。
次第に暗闇に目が慣れてきたのか、周囲の状況が少しずつわかってきた。
無機質な壁と床が、延々と続いている。どうやら、一本道の通路のようだ。
ここに留まり続けていても始まらない。ある程度歩けば、明るい場所にたどり着けるかもしれない。あなたのことを知っている人に、出会えるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、あなたは歩き始める。
歩いてすぐ、目の前に壁が現れた。
早くも行き止まりか。
だがよく目を凝らすと、目の前に現れた壁は、通路の壁とは異質なものだった。
所々崩れ落ちているものの、他の壁に比べてどうにも生きた感じがする。
壁が生きている、という表現は奇妙だが、あなたにはそうとしか思えなかった。
壁の中央には、大きな人間の顔が彫られていた。中世のギリシア彫刻のような厳しさがある。それだけじゃない。顔の半分が女性、半分が男性を模しているようだ。
顔のついた壁は、あなたのことを見定めるようにじっと見つめている。
「よく来てくれた」「迷える我が子よ」
「我が名はエゴ王」「規範を司りし者」
どうすべきか悩んでいたあなたの頭に、誰かが直接語りかけてきた。
改めて辺りを見回しても、他に誰も見当たらない。おそらく目の前にいるこの壁が、あなたに語りかけてきたのだろう。壁は、エゴ王と名乗った。見た目と名前に似つかわしい、威厳のある重々しい声だった。
迷える我が子というは、自分のことだろうか。
あなたがなにか問いかけるより先に、エゴ王は続けた。
「ここでの歩き方を」「我が教えましょう」

§ この本の読み方 〜ゲームブックとは〜
このページは、『ALTER EGO』の「ゲームブック」だ。
あなた自身が主人公となり行動を決めることで、物語が変化していく。
本を読み進めていけば「従うなら8へ、反抗するなら15へ」など、選択を迫られることがある。どちらに進むべきか、あなたが決めることができる。
ハイパーリンクをクリックして、進みたい道を決めるのだ。
物語としての結末は用意されているが、決して幸せな内容とは限らない。
あなたにその覚悟があるのなら、あらゆる選択に挑戦してほしい。
エゴ王は説明を終えたのか、こちらの様子を伺っている。
さて、あなたはどうする?

・上から目線が気に入らない。壁に蹴りを入れる。(9へ)
・今は情報が欲しい。これからどうすべきか聞く。(15へ)

 

 


 


私とはなにか見つけるのはお前自身だ、とエゴ王は言っていた。
だが、そもそも私とはなんだ。
歩けども歩けども、答えは出てこない。
「私ってなに?」
「私ってなに?」
「私ってなに?」
「私ってなに?」
いくら自問を続けても、ここから先に進める気がしなかった。
エゴ王がいれば変わるのだろうか。
いや、と、あなたは首を振る。エゴ王との対話は一方的に感じられた。こちらの問いに答えてくれるわけではないのかもしれない。一方的に語りかけるだけの存在なら、それこそ壁に話しかけるのとなんら変わらないだろう。
誰かに、自分の話を聞いてもらいたい。
あるいは、自分が誰かの話を聞くのも良いかもしれない。
自分とはなにか、考え続けてたどり着いたのが他者の必要性だった。(6へ)

 

 


 


あなたは、改めて彼女の名前を聞いた。
「確かに、ちゃんと名乗っていなかったかもしれないわね。ここに来るまでに、どうせ壁男に聞いたかと思って」
壁男とは、エゴ王のことだろうか。口調からして、彼女はエゴ王のことを快く思っていないようだ。
「私の名前は、エスよ。名前の意味なんて、知らないわ。私は、エスなの」
それきり、彼女は黙ってしまった。
続けてエスに聞きたいことがあるなら10へ
自分探しやなにか本を読みたいなら5へ戻ろう。

 

 


 


気づけば、あなたは薄暗い部屋にいた。
薄暗いと言っても、先ほどまでいた暗闇と比較すれば格段に明るい。
部屋には無数の本棚が並べられていた。
本棚には多くの本が隙間なく埋まっている。この部屋の持ち主は、よほど本が好きなのだろうか。本棚に埃などはなく、綺麗に手入れされているようだった。
古い本が多そうだが、背表紙だけではなんの本か判別できなかった。
おそらく、ここにいるはずだ。
あなたは、周囲を見渡した。
すると、少し奥に入ったところに誰かいることに気づく。
彼女が、エスだ。
あなたは、確信していた。
彼女は、本を読んでいるところだった。
俯いてはいるものの、その美貌は目を奪われるほどだ。長い黒髪はひとつに束ね、肩のまえに垂らしている。軍服のような襟の詰まった服には、ダマスク柄のスカーフを巻いていた。
彼女は、こちらに気づいていない。
いや、気づいていたとしても自分からは声をかけないのではと、あなたは感じていた。
ここまで来て、彼女と話さない道理はない。
さて、なんて声をかけよう。

・私ってなに?(19へ)
・君ってなに?(25へ)

 

 


 

薄暗い書斎には、あなたとエスの二人しかいない。
彼女から話しかけてくれるのは待つのは、期待しない方が良さそうだ。
彼女は今も静かに、本を読んでいる。
要件があるなら、あなたの方から話しかけるしかない。
さて、あなたはどうする?

・自分探しをしたい。(21へ)
・なにか本を読みたい。(35へ)
・エスのことを知りたい。(10へ)

 

 


 


私に必要なのは、他者だ。
そう自覚するや否や、再びエゴ王が現れた。
「そろそろ頃合いのようだな」「エスのところへ行きなさい」
エス……?
人の名前だろうか?
聞き覚えのない名前だった。
もしかしたら、失われたあなたの記憶に関係する人物かもしれない。

さて、あなたはどうする?
・エゴ王に聞いてみる。(12へ)
・自分で考えてみる。(17へ)

 

 


 


あなたは、なぜ彼女がこの場所にいるのか聞いてみた。
「ここにいる理由なんてないわ」
エスは本を読みながら、聞こえるか聞こえないか程度の小さい声で続けた。
「あなただって、そこにいる理由なんてないでしょ。選ぶ選ばないに関わらず、存在が先にあるの。だから、理由を探してしまうんでしょうね。あなたも……私も」
それきり、彼女は黙ってしまった。
続けてエスに聞きたいことがあるなら10へ
自分探しやなにか本を読みたいなら5へ戻ろう。

 

 


 


あなたは思わず、美人なのにもったいないと言ってしまった。
「もったいないって、なにに対して?」
エスは、明らかに不機嫌だった。
「世間体? まだ見ぬ相手に対して? それとも、あなたの価値観は、女性は誰かと付き合わないと価値がない。そういうことを言いたいのかしら?」
本を閉じ、あなたのことをじっと見つめる。
「私は、誰かのために用意された存在じゃない。私は、私なの」
それきり、彼女は黙ってしまった。
続けてエスに聞きたいことがあるなら10へ
自分探しやなにか本を読みたいなら5へ戻ろう。

 

 


 


あなたは、思い切りエゴ王に蹴りを入れた。
「混乱しているのか」「無駄なことをする」
「暴力など無意味だ」「この場所では特に」
エゴ王の言う通り、壁にはヒビひとつ入れることはできなかった。それどころか、蹴りを入れた自分の足の方が痺れてしまっている。見た目こそ崩れかけだが、壁面は想像以上に硬いようだ。岩より硬い、特別な材質でできているのかもしれない。
これ以上、エゴ王の気を逆立てるのは得策ではないだろう。
さて、あなたは……。

・無意味かどうか証明する。助走してから壁に蹴りを入れる。(20へ)
・これ以上は無意味だ。これからどうすべきか素直に聞く。(15へ)

 

 


 

10
「私に興味をもつなんて、かなりの物好きね。で、なにが聞きたいの?」
さて、あなたが聞きたいのは……。

・名前は?(3へ)
・なぜここにいる?(7へ)
・好きな本は?(13へ)
・好きな人はいる?(40へ)

 

 


 

11
この道はまっすぐで、なにもない。
あれから、どれくらい歩いただろう。
だが他にすることもないので、歩くしかない。
次第に、あなたはなにも考えられなくなってきた。
自分がどこの誰なのか、ここがどこなのか。
あるいは、エゴ王とはなんだったのか。
すべてに、疑問をもつことをやめた。
この道には、なにもないのだから。
これ以上、考える必要はない。
なにも考えられない。
考えられ――。
――――。
――。(44へ)

 

 


 

12
「我はエスの居所など」「知るはずがないのよ」
「どこに行けば良いか」「あなたが知っている」
自分が知っているとは、どういうことだろう。記憶を失った、自分にも行けるのだろうか。そもそも、この場所に自分以外の人がいるとは、にわかに信じられなかった。だが、もしいるのなら――。(17へ)

 

 


 

13
あなたは、好きな本はなにかと聞いてみた。
「難しい質問をするのね」
エスはあなたを一瞥し、しばらく考え込んでから続けた。
「どれが好きとか嫌いとか、そういう話じゃないの。どれも好きだし、どれも嫌いよ。だからずっと、本を読み続けているの。新しい本ばかりじゃない。同じ本を読み返すときもあるわ。同じ本でも、読む度にどう解釈するか変わっていくかから」
普段より少し早口で喋る彼女に、あなたは思わず微笑んでしまった。
「……喋り過ぎたわね」
それきり、彼女は黙ってしまった。
続けてエスに聞きたいことがあるなら10へ
自分探しやなにか本を読みたいなら5へ戻ろう。

 

 


 

14
あなたは、太宰治の『人間失格』を選んだ。
「人間失格ね。これは、説明しなくても知っているかしら」
あなたは、否定も肯定もできないでいた。名前は聞いたことがある気もするが、肝心の内容は思い出せない。
「そう、思い出せないのね」
エスは本棚から『人間失格』を取り出すと、パラパラとめくり始めた。
「人間失格は、太宰治による中編小説。過剰な自意識と罪悪感に苛まれ、最後に破滅した男が主人公よ。この小説を脱稿した一ヶ月後、作者の太宰は玉川上水に入水自殺をしたそうよ。短くて読みやすいお話だから、あとは読んでみるのが早いわね」
そう言って、エスは『人間失格』をあなたに手渡した。(26へ)

 

 


 

15
「ここでするべきこと」「ここでなすべきこと」
「ただただ歩き続けろ」「ただただ歩き続けよ」
歩き続けて、その先になにがあるというのだ。
この道を進めば、自分のことがわかるのか。
そもそも、私はいったいなんなのだ。
あなたは、エゴ王に問いかけた。
あなたの問いに構うことなく、エゴ王は続けた。
「私とはなにか」「見つけるのは」
「お前自身だぞ」「あなた自身よ」
そう言って、エゴ王は跡形もなく消えてしまった。
残ったのは、無限の暗闇と静寂のみ。
あなたは再び、ひとりになった。(2へ)

 

 


 

16
あなたは、ルールはなにより大事だと答えた。
この場所のような小さな場所でも、いや、小さな場所だからこそ、守るべきルールがあるのなら従わなければならない。
「あらやだ、私は今まで壁に話しかけていたの?」
エスは、あからさまに侮蔑の色を込めてあなたに言った。
「いい機会だから、確認させて。あなたは壁男につくつもり? 私じゃなくて、規範規範五月蝿い、あの壁に。ねえ、あなたは、どちらの味方なの?」
エスの目は、真剣そのものだった。生半可な気持ちで答えない方がいいだろう。
さて、あなたは……。

・やはり規範は大事だ。エゴ王につく。(54へ)
・規範なんてクソ食らえだ。エスにつく。(39へ)
・どちらの言い分も理解できる。まだわからない。(29へ)

 

 


 

17
自分の役目が終わったと判断したのか、エゴ王は音もなく消えてしまった。
エスに関して、エゴ王を頼ることはできないようだ。
あなたは、自分で考えてみることにした。
この場所に自分以外の他者が存在するのなら、是非とも会ってみたい。だが果たして、道を歩き続けるだけでエスのところへ行けるのだろうか。この道はまっすぐで、なにもない。おそらく、エスは他の場所にいるはずだ。それも、歩いているだけではたどり着けない場所に。
エス……彼女は……。
そう、彼女だ。
彼女はいつも、本を読んでいる。
この無限に続く時間のなかで、まだ見ぬ旅人の来訪を心待ちにしている。
あなたのなかで、段々とエスの印象が明確になっていく。彼女の声、髪、まなざし、そのすべてが。やはり、失われた記憶に関係があるのだろう。
彼女は……エスは……きっと……すぐそこに……。
突然、あなたの足元がぐらつき始めた。
今まで確かだった道はグネグネと波を打ち、身体が浮いているのか、はたまた沈んでいるのかさえわからなくなる。
だが、これでいい。これでいいはずだ。
あなたは、気の遠くなる感覚にその身を任せた。(4へ)

 

 


 

18
「あなたは、王子を物語の主人公に据えたのね。私なりに解釈させてもらうわ」
しばらく頬杖をついて考え込んでから、エスはあなたに解釈を与えた。
「あなたは原因を他人に求めないで自分の力で物事を進めていきたいのね。能動的に自分の人生を切り開くタイプよ。他人に依存せず、自分で決断していきたいというのがあなたの確固たる主義なのね。目標を達成する意志も強そうだわ」
そこまで一気に話すと、彼女は一息ついてから続けた。
「けれど、抱え込み過ぎるまえに助けを求めることもたまには必要かもしれないわね」(28へ)

 

 


 

19
「第一声がそれって、よっぽど自分のことばかり考えているのね」
エスは本を読みながら、気怠げに答えた。
「急に聞かれても、あなたがどんな人間かわからないわ。けど……」
そこで一旦区切ると、彼女は本から顔を上げ、あなたの目を見た。
「もう少しあなたを知ることができれば、私が解釈してあげる」
彼女の言葉に、あなたは何度も頷いてしまう。
なにもない空間をただ歩き続けようやく他者と出会えた安堵感と、不思議な魅力をもつ彼女に見惚れてしまっていたのだ。
そんなあなたを見て、彼女が一瞬笑ったような気がした。
気がしただけで、気のせいだったかもしれないが。(5へ)

 

 


 

20
力が足りなければ、より強い力を試せばいい。
あなたは壁から離れ、呼吸を整える。
暗闇のせいで距離感は狂うが、助走をつけるには充分な距離があるはずだ。
身体ごとぶつかる勢いで、再びあなたは壁に蹴りを入れた。
だが――。
「無駄だと言ったろ」「暴力は無意味なの」
エゴ王の言うことに嘘はないようだ。壁には傷ひとつない。助走して得たものは、先ほどより痺れた自分の足だけだった。
終始無表情だったエゴ王が、憐れむような表情に変わった気がした。
「嘆かわしいことだ」「あなたは失敗した」
「口より先に手が出る」「そんなのは言語道断」
「お前はここに不向きだ」「あなたは向いてないの」
「永遠に彷徨い続けるのだ」「己の過ちを反省しながら」
エゴ王は、いつの間にか消えていた。(11へ)

 

 


 

21
あなたはエスに、自らの旅の目的を伝えた。
「そう、自分探しね……。ここにいるということは、そういうことよね」
彼女は、半ば諦めたような表情で本を閉じた。
「訪れた人の自分探しを手伝うのが、私の役目。だから、あなたが望む限り、私はあなたの自分探しを手伝うわ。時間をかけて、ゆっくり対話する方法もあるけど、今、読みかけの本がいいところなの」
彼女はそう言うと、本棚から一冊の本を取り出した。どうやら、絵本のようだ。だが、かなり古いものなのか表紙はボロボロで、題名と思しき印字もかすれて読み取れない。
「手短に済むやつでいくわね」(27へ)

 

 


 

22
あなたは、暗闇をひとり、歩き続けていた。
あの一件以降、エスは二度と現れなかった。
なにも知らない、なにも疑問をもたない頃のあなたなら、永遠と続く暗闇を歩き続けていても、なにも感じなかったのかもしれない。だが、エスと出会ったあなたには、この孤独は耐え難いものだった。
なにより、あなたはエスに恋をしてしまったのだ。
なにもない道がこれほど寂しいとは。
あなたはいつしか、妄想上のエスを生み出し、会話をするようになっていた。
あなたは熱心に、エスに話し続ける。少しでも振り向いてもらえるよう、最大限に気の利いた言葉を並べることも忘れずに。
だが、妄想上のエスもあなたのことなど気にも留めず、ただ、本を読み続けていた。(44へ)

 

 


 

23
あなたは、ヘルマン・ヘッセの『デミアン』を選んだ。
「デミアンを選ぶのね。私も、この本は好きよ」
エスは本棚から『デミアン』を取り出すと、パラパラとめくり始めた。
「タイトルは『デミアン』だけど、この物語の主人公はシンクレールという少年よ。主人公のシンクレールが、デミアンやその母親との出会いを通じて、自己を探求していくの。ヘッセはユング心理学と出会い、その影響を受けて本作を執筆したと言われるわ」
そう言って、エスは『デミアン』をあなたに手渡した。(38へ)

 

 


 

24
「あなたは、王様を物語の主人公に据えたのね。私なりに解釈させてもらうわ」
しばらく頬杖をついて考え込んでから、エスはあなたに解釈を与えた。
「あなたは親や目上の人、あるいは社会や常識といったものを気にするのね。誰かに支配されることを望んでいるみたい。とはいえ、少し完璧主義が強いかも。見えないあるべき姿に振り回されて自責的になりすぎているかもしれないわ」
そこまで一気に話すと、彼女は一息ついてから続けた。
「あなたの追い求める理想は、本当はどこにもないのかもしれないのだから」(46へ)

 

 


 

25
「自分のことより、私が気になるの? あなた、物好きなのね」
エスは本から顔を上げ、あなたを物珍しげに見つめている。
「私は、そうね、旅の案内人ってところかしら」
数瞬考える素振りをしてから、彼女は続けた。
「これから始まる、長い旅の。どんな旅かは、あなたはもうわかっているでしょう?」
あなたは、静かに頷いた。
私とはなにかを突き詰めるのには他者が必要だ、というのがあなたの仮説だった。その相手が彼女なら、きっと自分探しの旅も退屈せずに済むかもしれない。
そう思うと、あなたの顔は自然とゆるんでしまった。
そんなあなたを見て、彼女が一瞬笑ったような気がした。
気がしただけで、気のせいだったかもしれないが。(5へ)

 

 


 

26
あなたは、『人間失格』を読み始めた。
エスの言ったように、自意識過剰な男の話だ。
「恥の多い生涯を送って来ました」
「罪のアントニムは何だろう」
「世間というのは君じゃないか」
「人間、失格」
読み進めるほどに、自分とはなにかの思索を深められたような気がする。ここに来た当初は「私ってなに?」しか考えられなかったあなたにとって、それは大きな前進であるように思えた。
あっという間に、『人間失格』を読破してしまった。
エスの部屋に戻ろう。
あなたは違う本を借りても良いし、他のことを聞いてみるのも良いだろう。(5へ)

 

 


 

27
「この場所には、いろいろな本がある。だから、読むたびに結末が変わる本だってあるの。今から見せるのは、そういう絵本よ。あなたの解釈次第で、お話の結末は変わる」
そう言うと、エスはあなたが読みやすいように向きを反対にし、古びた絵本を開いた。(32へ)

 

 


 

28
あなたはエスの解釈を聞いて、しばらく考える。
当てはまるところもあれば、当てはまらないところもある。やはり、一言二言で自分という人間を言い表すのは、難しいと感じた。
「解釈に納得がいかないかしら? 結果がどうであれ、考えるきっかけにはなると思うわ。少し歩いて、確認してきたらどう?」
確かに、自分がどういった人間なのか考えるきっかけにはなるかもしれない。
エスに促され、あなたはしばらく、あの暗闇を歩くことにした。(34へ)

 

 


 

29
あなたは、正直に答えた。
規範ばかりでも窮屈だし、衝動的になり過ぎるのも極端すぎる。
あなたの回答に、エスは納得しなかったようだ。
「煮え切らない返事……壁男よりかはマシだけど……」
納得こそしていないものの、だいぶいつもの調子を取り戻してきたようだ。散らばった本を本棚に戻しながら、エスはあなたに話しかける。
「とにかく、あの男は敵なの。裁判官みたいに私を支配しようとしてくる。あなたがどちらにつくかで、ここでの力関係は変わるかもしれない。あなたの選択が、あなたの物語になるの」
それきり、彼女は黙ってしまった。
あなたも、しばらく一人になりたいと感じていた。
再び、あの真っ直ぐな道に戻ろう。(53へ)

 

 


 

30
あなたは、エスに思いの丈をぶつけた。思えば、最初に彼女を見たときから不思議と心惹かれていた。この気持ちに名前をつけるなら、一目惚れ以外にないだろう。
「残念ね。あなたは、ここでおしまいよ。私は、付き合いの浅い内にそういうことを言う、軽薄な人が一番嫌いなの」
ここでおしまい。
その言葉に不穏な気配を察し、あなたはなんとか取り繕うとする。
「今更、なにを言っても無駄。……ねえ、さっきからあなた、ニヤついているわよ。私が怒っているのを楽しんでいるんじゃない? 意図的に私のことを怒らせてみたくてこの選択をしたのなら、それこそ理解に苦しむわ」
あなたは、必死に弁明の言葉を重ねる。
だが、エスの耳には、もう届かない。
「……あなたとは、もう話したくないわ」(22へ)

 

 


 

31
エスの言った通りだ。なにもない道を歩いていると、さらに実感する。先ほどのエスの解釈が呼び水となり、空っぽだった自分にいくつか言葉が生まれたのだ。
「守るべきルールがある」
「外してはいけない人としての道がある」
「従うべきものがある」
「常に完璧でなければ自分じゃなくなる」
ひとりで歩いていたときは「私ってなに?」という、素朴な疑問だけをこの道で考えていた。だが今は、エスと出会い、エスの解釈を得た。(50へ)

 

 


 

32
「この物語の登場人物は、王子、王様、侍女の三人。絵を、よく見て。王子は俯いて、なにを考えているのかしら。王様は頭を抱えて、なにを考えているのかしら。離れた場所にいる侍女は、なにを考えているのかしら。よく、想像して。この絵から、どんな物語が想像できるか。……時間をかけても大丈夫。不完全な絵なのは、わかっているから。そのなかで、あなたがどういう物語を選ぶか、私は興味があるの。……どう、ちゃんと想像できた? なら、あなたに聞くわ。
この物語の結末は、どうなると思う?」

あなたが想像する物語の結末に、一番近いのは……。

・未熟な王子は成長し、王や侍女の意見に惑わされず自分の道を進み出す。(18へ)
・悩める王は権威を取り戻し、王子を跡継ぎとして完璧に育て上げる。(24へ)
・恋仲にあった侍女と王子は、城を抜け出し、衝動のまま駆け落ちする。(42へ)

 

 


 

33
あなたは、暗闇をひとり、歩き続けていた。
あの一件以降、エスは二度と現れなかった。
なにも知らない、なにも疑問をもたない頃のあなたなら、永遠と続く暗闇を歩き続けていても、なにも感じなかったのかもしれない。だが、エスと出会ったあなたには、この孤独は耐え難いものだった。
あなたはいつしか、妄想上のエスを生み出し、会話をするようになっていた。
あなたは熱心に、エスと対話した。あなたが規範の重要性を唱え、エスがそれに反論する。お互いに立場は違えども、自分にないものを補い合える議論だった。彼女が衝動の重要性を主張するなら、あなたは規範の重要性を主張する。これこそが、良き道に続く議論だと信じて。
あなたは何度も、何度も、終わることのない議論を、エスと交わした。(44へ)

 

 


 

34
最初は半信半疑だったが、なにもない道を歩いていると実感した。先ほどのエスの解釈が呼び水となり、空っぽだった自分にいくつか言葉が生まれたのだ。
「私は私のために生きる」
「最後に決めるのはいつも自分自身だ」
「道は自分で切り開く」
「物語の主人公は、私だ」
ひとりで歩いていたときは「私ってなに?」という、素朴な疑問だけをこの道で考えていた。だが今は、エスと出会い、エスの解釈を得た。(50へ)

 

 


 

35
あなたは、本を探していると申し出た。
エスは一度あなたの方に目をやると、すぐに読んでいた本に目を落とした。
「私にとって、読書は呼吸よ」
どうやら、無視されたわけではないようだ。あなたは、エスの言葉を待った。
「私が私であり続けるために、本を読まざるを得ないから。正気を保つただそれだけのために、私は本を読み、その世界に耽っているの」
そこまで言うとようやく、エスは読んでいた本を閉じ、あなたに向き直った。
「あなたは、どんな本が読みたいの?」

あなたが選んだのは……。
・『人間失格』太宰治(14へ)(14へ)
・『デミアン』ヘルマン・ヘッセ(23へ)(23へ)
・『ドグラ・マグラ』夢野久作(37へ)(37へ)

 

 


 

36
あなたは、あの暗闇に戻ってきた。歩けども歩けども、道に変化はない。だが、あなた自身は、変わりつつあるようだ。空っぽだった自分に、いくつか言葉が生まれたのだ。
「常識に囚われるな」
「型は破るためにある」
「自分に正直でいたい」
「しがらみなんてまっぴらごめんだ」
ひとりで歩いていたときは「私ってなに?」という、素朴な疑問だけをこの道で考えていた。だが今は、エスと出会い、エスの解釈を得た。
これは確かに、自分の考えだろう。だが同時に、エスの声でもあるような気がした。失われた記憶の鍵は、やはりエスが握っているのだろう。
もう一度、彼女と話そう。
あなたは、エスの部屋に戻ることにした。(45へ)

 

 


 

37
あなたは、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を選んだ。
「あなた、この本がどんな本か知っていて選んだの?」
内容に覚えはなかったが、題名が気になり選んだのだと素直に答えた。
「……そう。確かに、今のあなたにはうってつけかもしれないけど。けど、だからこそ今のあなたには……」
エスは一旦言葉を切って、あなたに確認した。
「ねえ、確認させて。本当に、この本を読むの?」
さて、あなたは……。

・それでも読むと答える。(41へ)
・読むのをやめると伝える。(43へ)

 

 


 

38
あなたは、『デミアン』を読み始めた。
主人公シンクレールの視点で、自己を追求していく話だ。
「僕たちの道は苦しい」
「僕たちは喋りすぎる」
「恋をすることで自身を見出した」
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う」
シンクレールと自分が重なり、自分と世界の関係に懐疑的になる。本の内容が、自分の一部になっていくような感覚がある。あるいは、自分こそが本の一部だったような錯覚と言えるかもしれない。
気がつけば、『デミアン』を読破してしまった。
エスの部屋に戻ろう。
あなたは違う本を借りても良いし、他のことを聞いてみるのも良いだろう。(5へ)

 

 


 

39
あなたは、エスにつくと伝えた。
規範ばかりではうんざりするというのも理由のひとつだが、今のエスを刺激するような発言は、可能な限り避けた方が良さそうだと判断したからだ。
エスは、あなたの回答に満足したようだ。やや放心した様子で、独り言のようなささやきで、あなたに語りかけた。
「当たり前よね……。あの壁男は敵……私にとっても、あなたにとっても……。だから、あなたはずっと、私のそばで……」
それきり、彼女は黙ってしまった。
あなたも、しばらく一人になりたいと感じていた。
再び、あの真っ直ぐな道に戻ろう。(53へ)

 

 


 

40
あなたは彼女に、好きな人はいるのかと聞いてみた。
「そんなこと聞いて、どうするの?」
エスは怪訝な顔で、あなたを睨んでいる。
「ここには、私と壁男。……そして、あなたしかいないの。私は壁にも、当然あなたにも興味ないわ。それが、答えよ」
だが、あなたはもう一歩、彼女に踏み込みたくなってしまった。
さて、どうする?

・美人なのにもったいない。(8へ)(8へ)
・ゆっくり仲良くなっていきたい。(47へ)(47へ)
・一目惚れした、付き合って欲しい。(30へ)(30へ)

 

 


 

41
「……そうね。あなたの意思を、尊重するわ」
エスは本棚から『ドグラ・マグラ』を取り出すと、パラパラとめくり始めた。
「この本の説明は……難しいわね……。この物語の主人公も、今のあなたと同じように、自身の記憶も、自分の名前すらわからない。そんな状態で、若林と名乗る男から、ここは精神病科の病室であると聞かされるの」
エスは、そこで一度言葉を切り、大きく息を吐いた。
「この本を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たすと言われているわ。もちろん、私が読んでも精神に異常を来たしたわけじゃない。この本を読むまえから異常だった、と言われたら反論のしようもないけれど。けれど、今のあなたが読んだら……」
どうやら、彼女はあなたにこの本を読んでもらいたくはないらしい。
だが、だからこそ。
『ドグラ・マグラ』を読まなければいけない、そんな使命感が生まれてきた。
あなたは、どうしてもその本が読みたいと彼女に訴えた。
一瞬渋る表情をしたものの、エスは『ドグラ・マグラ』をあなたに手渡した。(49へ)

 

 


 

42
「あなたは、侍女を物語の主人公に据えたのね。私なりに解釈させてもらうわ」
しばらく頬杖をついて考え込んでから、エスはあなたに解釈を与えた。
「あなたは自分の衝動のまま行動していて常識や規範を煩わしく感じるみたい。しがらみを捨てて、逃げ出したいのね。あなたは型に囚われたくない気持ちが強くて直感で生きることを大切にしているみたい。自分の信じた道で生きていきたいのね」
そこまで一気に話すと、彼女は一息ついてから続けた。
「一貫して我が道を進むのは清々しいけど、少し周囲を見る余裕があってもいいかもね」(51へ)

 

 


 

43
「そうね、それがいいわ」
何事もなかったかのように、エスは読書に戻った。だが、その声には安堵の色があった。それほどまでに、今の自分が『ドグラ・マグラ』を読むのは危険なのだろうか。気にならないといえば嘘になるが、あなたはひとまず、別のことをすることにした。(5へ)

 

 


 

44
あなたの道は、ここで終わってしまった。
ここに来たのが初めてならば、以下の説明を心に留めよ。
自分とはなにか、考え続けるのは苦痛も伴う。その苦痛から逃れたいのなら、ここで本を閉じるのもいいだろう。
だが、あなたにその覚悟があるのなら、再び自分探しを始めてもいい。この道に続くまえの番号に戻ってもいいし、からやり直しても問題ない。もしあなたが、エスに会っているのならば、から再開してもいいだろう。
覚悟はできたか?
ならば、再び歩き続けるがいい。
自分とはなにか決めるのは――。
あなた自身だ。

さあ、あなたのいるべき場所へ戻るのだ。

 

 


 

45
部屋に着くなり、あなたは異変に気づいた。
書斎が荒らされていたのだ。いくつかの本棚が倒れ、本が床に広がっている。
いったい、誰が……。
見渡すと、散らばった本の中央にエスが立っていた。
エスはあなたに気づくことなく、俯いてぶつぶつと呟いている。
「あのクソ壁野郎、調子に乗りやがって……。あいつは何度も何度も、飽きもせず私に言い続ける。お前は間違っている、お前は失敗したんだって。チッ……どうして私の思い通りにならないのよ……私の見ている……癖に……」
エスはようやく、あなたに気づいたようだ。
「あら、来ていたのね。気づかなかったわ」
先ほどまでとは打って変わり、いつもの落ち着いたエスに戻ったようだ。だが、荒れ果てた書斎でいつもと変わらないその様子が、かえってあなたには恐ろしく感じられた。
あなたが恐れていることを察したのか、エスはいつもより優しげな口調で話しかけてきた。
「安心して、発作みたいなものだから。今は、大丈夫。……あなたも、ここに来るとき会ったでしょ? 自らを王と名乗る、あの厭味ったらしい壁男に。あの壁男……私の邪魔ばかりするのよ。あなたとこうやって話している時間が、よっぽど気に入らないみたいね。ここでは、社会的ルールなんて必要ないのに。ねえ、あなたはどう思う?」
エスは、あなたを見定めるように見つめている。
今のエスは、あなたから見ても不安定な状態だ。
ここでの回答によって、あなたの未来が決まってしまうかもしれない。
さて、あなたはどうする?

・ここがどんな場所であれ、ルールはなにより大事だ。(16へ)
・エスの言う通りだ。衝動に従うことこそ、重要だ。(52へ)
・答えるのは難しい。時と場合による。(29へ)

 

 


 

46
あなたはエスの解釈を聞いて、何度も頷いた。
「そんなに頷いて、よっぽど腑に落ちたの? 結果がどうであれ、考えるきっかけにはなると思うわ。少し歩いて、確認してきたらどう?」
エスに言われるがまま、あなたはあの暗闇に戻ることにした。(31へ)

 

 


 

47
あなたは、ゆっくり仲良くなっていきたいと伝えた。
「ゆっくり、ね……」
エスは、すでに興味をなくしたのか読書に戻ってしまった。
「確かに、ここでは時間は無限にあるわ。無限の時間の先には、魔が差してしまうときも、あるかもしれないわね」
それきり、彼女は黙ってしまった。
続けてエスに聞きたいことがあるなら10へ
自分探しやなにか本を読みたいなら5へ戻ろう。

 

 


 

48
気づけば、またあの暗闇を歩いていた。
この場所には、エスの部屋とこの暗い通路の他に、行ける場所はないようだ。
歩きながら、あなたはエスのことを考える。
エスの考えは、なぜこれほどまでにしっくり来るのだろう。
壁男への憎悪も、今や確かに、あなた自身も強く自覚し始めていた。
規範規範五月蝿い、あの壁男さえいなければ……。
あなたは、まっすぐな道を歩きながら考える。
私ってなに?
ここに来たときから、ずっと考え続けていた。私は、いったいなんだろうという自問。それが、エスと関わったことで……あなたは……私は……。
私は私……なのだろうか……。
私は……。
…………。
……。(55へ)

 

 


 

49
あなたは、『ドグラ・マグラ』を読み始めた。
エスがあれだけ忠告したからには、よほど奇抜な冒頭なのかと身構えていたが、内容はミステリ小説のようだった。読み終わったところで、精神に異常を来たすことなんてないだろう。これは胎児の夢なのだから。
私の視点で、私とはなにか考え続けるという意味では、ナルホド、確かに今のあなたの立場に通じるところがあるかもしれない。実に興味深い内容と言わざるを得ないが、それだけ私とはなにかという疑問は普遍的な問いということだろう。私が特別なのではない。これは胎児の夢なのだから。
なんにせよ、エスはチョットばかし心配しすぎだ。これは胎児の夢なのだから。確かに回りくどい表現が目につく小説だ。だが、このくらいで精神に異常を来たすなら、あなたはとうにオカシクなっている。これは胎児の夢なのだから。
……ブ――――ン……
という時計の音が、どこかから聞こえてきた。
……これが胎児の夢なのだ…………。
この道は、さながら胎児の道とでも言うべきなのか。これは胎児の夢なのだ。
だからあなたは、私ではない。私があなたでないことほど、自明のことはないだろう。これは胎児の夢なのだから。ダトスレバ、あなただってあなたじゃない可能性を否定することはできないだろう。これは胎児の夢なのだから。あなたがあなたじゃなくて、いったいなんだって顔をしているね。これは胎児の夢なのだから。
あなたがあなたじゃないというなら、いったい誰なんだ。
もちろん、あなたはそういう疑問に行き着くだろう。
あなたはあなたではない、これは一旦是としよう。
そして同時に、あなたは私でもないのだ。
さて、じゃあ、あなたは誰なのか。
あなたは呉一郎なのだ。
これは夢なのだ。
あなたの。
胎児の。
……ブウウウ――ンン――ンンン…………。(44へ)

 

 


 

50
エスの解釈で、自分が形作られたとでもいうべきか。
私というものは、思っていた以上に相対的なのかもしれない。他者がいて初めて、自分が存在するというあなたの仮説は、どうやら大きく間違っているわけではなさそうだ。
エスと出会わず、ひとりこの空間を歩いていたときは、私は私ですらあり得なかった。
その考えに至ると、あなたは急にエスを恋しくなった。
もっと、いろいろなことを話したい。エスという他者と対話することで、自分という存在がなんなのか、いずれわかる気がした。
エスの部屋に戻ろう。(5へ)

 

 


 

51
あなたはエスの解釈を聞きながら、軽い目眩を覚えていた。
指摘には腑に落ちるところが多かった。いや、多すぎた。まるで、自分は規範に反抗するためだけに生まれたかのような、そんな錯覚すらあったのだ。
「だいぶ変わった結末を選ぶのね。あなたは、きっと……」
そこまで言って、エスは軽く首を横に振った。
「いいえ、なんでもないわ。結果がどうであれ、考えるきっかけにはなると思うわ。少し歩いて、確認してきたらどう?」
まだ、目眩は続いていた。頭を冷やした方がいいのかもしれない。あなたはあの暗闇に戻ることにした。(36へ)

 

 


 

52
あなたは、エスの目を真っ直ぐ見て答えた。
エスの言うことはもっともだった。
衝動は、抑えつけてはいけない。
「そう、壁男は私の敵なのよ」
何度も私の邪魔をする。
「食べたいときに食べ」
寝たいときに寝て。
壊したいときに。
「壊せばいい」
どれがエスの言葉で、どれが自分の言葉だったか、次第に曖昧になってきた。だが、それでいい。それこそが、自然だという気がした。(48へ)

 

 


 

53
あなたは、しばらく暗闇を歩き続けた。
この場所には、エスの部屋とこの暗い通路の他に、行ける場所はないようだ。
歩きながら、あなたはエスのことを考える。
エスは、とても危うい。
エゴ王―彼女は壁男と呼んでいるが――への攻撃性は、いずれエス自身をも傷つけてしまうのではないかと感じていた。
あなた自身、エスの衝動に危うく飲み込まれてしまうところだった。
あなたはあなた、エスはエスだ。
あまり、エスに染まり過ぎないようにした方がいいのかもしれない。
だいぶ、あなたも落ち着いてきた。戻った頃には、きっとエスも普段通りだろう。あなたは、エスの部屋に戻ることにした。(5へ)

 

 


 

54
あなたは、エゴ王につくと答えた。
エスの顔色をうかがい嘘をつくことも可能だったが、自分に嘘をつくことはできない。
「そう、わかった。あなたは敵、そうなのね? あなたが敵対するなら、私もそうするわ。大丈夫、この場であなたの首に手をかけるなんて、野蛮なことはしないから。その代わり……」
あなたの目の前で、エスは音もなく消えてしまった。
誰もいなくなった書斎で、エスの声が頭に響く。
「一生、そこで彷徨い歩きなさい……」(33へ)

 

 


 

55
目を開けると、そこはエスの部屋だった。
だが、今までとはなにかが違う。
あたりを見回しても、エスが見当たらないのだ。
違う。
そうじゃない。
この景色こそ、真実だ。
私は――。
「私は、エス……」
自分の声なのに、久しぶりに聞くような気がする。
この場所には、最初から私しかいない。
これは、一種の私の遊びだった。
寂しさを、虚しさを紛らわしてくれる私の話相手を夢想する、ごっこ遊び。私と同じように、私ってなにと悩む、名もなき、顔もなき、架空の旅人と私の、ふたりぼっちの物語。
だが今回は、少しお遊びが過ぎたようだ。私自身、今の自分がどちらなのか、わからなくなるくらいだったのだから。
それもこれも、この場所に誰も訪れないのが悪い。いくら待っても、この場所は私しかいない。もちろん、あの壁男は数の内に入らない。あれは、ああいうモノであって、人ではない。
だけど、私は確信している。
いつの日か、妄想と同じような。
いえ、妄想とは比べ物にならない、悩める旅人がここを訪れてくれると。
「ね、見ているんでしょ? 首を傾げないで。あなたのことよ……。そう、あなた。大丈夫、私はずっとこの場所で待っている。だから、いつの日か、私と一緒に……」あとがきへ

 

 

 

 

 


 

あとがき
このページは自分探しタップゲーム『ALTER EGO』という、スマートフォンゲームを題材にしたゲームブックです。公開時点(2018年11月30日)ではまだ開発途中のため、各種ストアには公開されていません。iOS / Android両対応です。
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